本格的に春という感じで暖かくなってきました。花粉症の方はつらい季節でしょうが,お大事に。僕は子どもの頃からアレルギー体質なんだけど,元々服用している抗アレルギー薬の作用のおかげか,花粉症という形ではあまり出てないです。さて,フォーラムの方で開業心理臨床についての話題が活発化してますが,その中で「社会性」という言葉が出てきたので,補足も兼ねて少し書きたいと思います。
「社会性」という言葉は,心理臨床に携わる人たちにも,その必要性はよく言われます。ただ,一般的に「社会性」といった場合,社会人としてのあり方とか社会生活を営む上でのスキルみたいなものを指すんでしょうが,心理臨床の場合はちょっと違うと思います。カウンセリング/心理療法の場としてクライエントさんと会っている時,そこは非日常の場になっているので,クライエントさんの非日常の場にいながら,どう日常とつながっていくかということが重要になるんだろうと考えています。もちろん,一般的な意味での「社会性」も身につけていなければ,臨床心理士だって社会人ですから,組織でやる以上好き勝手にやれるわけでもないので,できることなら職に就くまでにある程度の社会性は身につけておいてほしいと思っています。僕は社会人からの転向組ですけど,普通に大学院を出て臨床心理士になって仕事に就いたという人だと,社会性が乏しいと思うことも時々あります。それは無理もないことだし,僕だって社会に出た頃は結構はずれてたから人のことは言えないんだけど,専門性との兼ね合いということがあるので,臨床心理士の場合は少し一般社会人と事情が違うように思うんです。
大学院を出て臨床心理士という専門家だと思われるということは,なぜだかどうしてもある程度の社会性までも備えているというフィルターがかかるようで,社会人1年生だからという評価の割引が効きづらいという印象があります。あと,僕が気にかけているのは,最初から「先生」づけで呼ばれることが多いこともあってか,専門家という自負だけが膨らんで自我肥大を起こしてしまっているような人も時々見ます。これらを総合すると,「専門家だと言って偉そうなことを言うけど,社会人としての基本がなっていない」ということになってしまいます。より具体的に言えば,臨床心理学の理論や固定観念が先行してしまって現場に合わせた柔軟な対応ができないとか,専門性よりむしろ社会性(というか対人スキルとか調整能力)を要求される現場で動きが取れなくなってしまうとか,そういうことが起こってきます。また,別の一群には専門家として見られてもそれに応えられる自信が持てず,何か過剰適応のようになって専門性が危うくなってしまっている人たちもいます。まあ,自我肥大にせよ自我卑小(?)にせよ,自我の基盤が充分に築かれていないことに起因するでしょうから,根っこの部分は似ているのかもしれませんが。
そうすると,社会性をどう育てていくかということになると思うんですが,個人的には学部や院生の時の社会活動とかアルバイトの質が影響するんじゃないかと思っています。どうも,学費の心配がなく勉強に専念できすぎるというのも考えもので,何らかの形で社会とつながっているということを続けていると,その中で鍛えられて社会性も自ずと身についていくんじゃないかと感じてます。なので,臨床心理学の勉強だけでなく,いろいろ社会経験を積んでおくといいと思います。これは,社会人のクライエントさんに対する共感性という意味でも必要だと思いますし,人間観察という意味でも実践につながります。「質」と書いたのは,社会人経験を結構積んでいても社会性の乏しい人というのもいるものなので,ただ社会経験を積めばいいってもんじゃないよなということも思っているからです。まあそのあたりは,パーソナリティの問題も絡むので複雑なんですけどね。
社会性を身につけるというのも,結局はクライエントさんの社会性の問題を扱うときにはカウンセラー/セラピストが身につけている社会性以上のものは与えられないわけですし,やはりこの世界に生きている人間としての総合力が問われるのが心理臨床家なのだと思います。だからこそ,大変さもあるけど,クライエントさんとともにカウンセラー/セラピストも成長していき,成長したらさらに援助できるクライエントさんの幅や深さが拡大するという好循環につながるんだと実感しています。カウンセラー/セラピスト同士も,ともに支え合いながら成長していきましょう。