今月も更新がずいぶん遅れてしまってごめんなさい。体調があまり芳しくはないので,ペースダウンしてます。野口整体でのお話によると,立春ぐらいから身体がゆるみ始めてそれまでに蓄積されたものが表面に出てくるので,痛みを感じたり体調を崩したりしやすい時期だそうで,活元運動を始めて最初の立春なので,いろいろ出てくるかもしれないとのこと。まあ,何が出てくるか楽しみながらやってます。さて今回は,河合隼雄先生が言われていた「何もしないこと」を久しぶりに取り上げてみます。
4年ぐらい前に,「何もしないこと」について少し書いたけど,大ざっぱにまとめると「何もできないうちから何もしないと言うのはおかしいから,いろいろできるようになってきたらまた取り組んでみる」みたいなことを書いていた。最近,「何もしないこと」について少し話題になった時に,「そういえばだんだんそういう感じに近づいているなあ」と感じたので,今の時点での理解を書いてみようと思った。とは言っても,やっぱりいろいろやっている。助言もするし,技法も使っている。でも,そのベースに「何もしない」という状態があって,カウンセリング/心理療法の場に自然に浮かび上がっていることに従って「何かする」結果になるという感じ。2年ぐらい前に,「魚釣り」のメタファーを引用してセラピストの姿勢について書いたけど,その姿勢の根底には「何もしない」という状態があるのだと思う。
「魚釣り」において,「何もしない」というのは,釣り竿の反応や水面の様子などに対して,2年前に書いたようにリラックス状態で幅広く集中力を行き渡らせる時に必要なものだ。何かすることに注意が向くと,他で起こっているちょっとした変化に気づくことが難しくなる。小魚がかかってそちらに注意が向くと,そばにいる大魚に気づかないかもしれない。小魚がかかっても幅広い注意力を途切れさせなければ,かかった小魚をそのまま餌にして大魚を釣り上げられるかもしれない。本当の釣りでそんな技術があるのかは知らないけど,カウンセリング/心理療法においては,大魚に気づかないというのは,大きな転換点を見過ごすことにもなりかねない。ロールプレイでトレーニングする時のひとつのポイントは,クライエント役のどの言葉に焦点を当てて「反射」(いわゆるオウム返し)するかなのだけど,カウンセリング/心理療法のプロセス全体においても,どこに焦点を当てるかが重要になる。ただ,それは言葉を追っていてもなかなか難しくて,関係性を含めたプロセス全体に注意を行き渡らせることが重要で,それは「何もしない」という高度に集中力を発揮している状態において可能になる。
「何もしない」という状態がベースになっていて,そこから「魚釣り」で焦点づけられた何かに対して「何かする」わけで,その時に一通りのことができないと対応できない。だから,理論を学び技法を身につけることは必要だけど,それに基づいて「何かする」方に気を取られていると,大事なことを見逃しているかもしれない。だからこそ,河合隼雄先生が言うような「何もしないことに全力を傾ける」ということになる。でも,この状態を維持することがまた難しい。ちょっとしたセラピストのコンディションの揺れや背景にあるプライベートな事情など,いろいろなことが絡んでくるので,本当に「全力を傾ける」ことをせずに到達することは難しい。「全力を傾ける」前提として,教育分析などでセラピスト自身がより自分の背景(無意識)を知っていくことが重要だし,スーパービジョンでケースごとに小魚ばかり追っていないか気づくことも大切だ。そして,これがピッタリはまると,カウンセリング/心理療法の展開に大きな転換点をもたらすことも経験してきた。改めて,「何もしない」ことがカウンセリング/心理療法において本質的に重要だということがよくわかってきたので,これを追求していきたいと思う。