学会発表の準備やその後の心理的負荷の高い出来事などを経て,少し遅い夏期休暇を取っていたのですが,放心状態ですっかりブログの更新が頭から抜けていました。お待たせしてしまった方,本当にごめんなさい。学会発表は110人を超える来場者があり,時間配分はあまりよくなかったのですが,建設的な意見などもいただいて,言いたかったことも比較的言えたと感じられて満足でした。ご来場いただいた方に感謝しています。今回は,その学会発表の準備の過程で着想が広がった,「中間領域」という概念について書きたいと思います。
今回は,発達障害の診断も出ている児童の事例について発表したんですが,「移行対象」と呼ばれるものや,そこから派生するもののひとつと考えられる「想像の仲間」ということを中心に考察しました。5年連続となった発達障害へのプレイセラピーの発表の中で,この「想像の仲間」を取り上げたのは1回目に当たる2008年の学会発表の時以来ですが,その時は描画の表現としての分析にとどまり,中心的に取り上げていませんでした。でも今回は,ぬいぐるみという形で「想像の仲間」が重要な役割を果たしていたために,考察の中心に置かれたことで,「移行対象」やその背景にある「中間領域」という概念をもとに考察していきました。今回は,何かこれまで取り組んできたテーマの集大成となるのかなという感覚で準備を進める中で,5回の研究発表をつなぐ中心軸ができたような感じがしています。
これらの用語は子どもの心理療法の分野では有名な,ウィニコットの理論の中で重要な位置を占めていると言えます。一番身近なのは「移行対象」で,例えばスヌーピーの登場人物でライナス君が毛布をいつも持っているのですが,その毛布が「移行対象」として挙げられます。簡単に言うと,母親への愛着を基盤にして,母親と離れている時の心理的安定のために必要なものを「移行対象」と言います。母親との関係の中で,母親イメージが内面化されて心理的安定がもたらされるようになると,「移行対象」は一般的にその手を離れますが,成長してからも主に内的イメージの中に広がりを見せます。そのひとつが「想像の仲間」と呼ばれて,自分の心の中で想像した友達やもう一人の自分のような,慰めや相談相手といった役割を担うものをいいます。この「移行対象」が生み出されるのが,主に母子関係の中で,融合して自他の区別がない世界から,母親と自分という,外界と内界が分離していく過程で重なり合っている部分で,それを「中間領域」と呼んでいます。毛布は,外界にあるモノですが,内界ではそこに母親イメージを付与しています。外界と内界の両方の意味を併せ持つという意味で「中間領域」という名前がついています。
この「移行対象」は,子どもが母親との融合的一体感を残す「中間領域」の産物であり,子どもが母親から自立していく過程を支える最初の段階で特に重要な役割を果たします。「移行対象」を子どもの意志に反して取り上げたり失わせると,後に成人に至るまでも重要な心理的障害を残すと言われるほどです。僕の場合は,寝る時に首回りにあるバスタオルでしたが,それを洗われて手放した時も大泣きして手がつけられなかったと母親に聞きました。それは,極めて一般的な現象として報告されていて,子どもにとっては自分の支えになる母親との融合的一体感を取り上げられるように感じるのでしょう。この「中間領域」は,前思春期の10歳前後によく見られる「想像の仲間」の住む世界や,大人になっても何らかの慰め(癒し)として芸術領域への指向などの形で残っていきます。反対に,「中間領域」が何らかの形で空洞化したり破綻したりしてうまく機能しないことが,精神疾患や精神症状の背景になっていることが充分に考えられます。そして,発達障害においても,心の構造として考えると,この「中間領域」の機能不全が大きく関与していると考えられますし,プレイセラピーも「中間領域」に働きかけるという意味で有効に働きうるということになるのです。