今回も更新が遅れて,月末になってしまいました。プロセスワークのトレーニングを終えて負荷は減ったのですが,その期間にできなかったことを今年度になって取り組んでいるという感じですね。とはいえ,僕の段取りがよくないのが大きな要因ですので,遅れてごめんなさいという気持ちでいます。今回は,ドラマ「ラヴソング」で臨床心理士という役柄が出ているので,「陽性転移」を中心に感じたことなどを書きたいと思います。
福山雅治さんが元ミュージシャンの臨床心理士という役柄を演じていますが,ドラマということもあって,一般には少し誤解を与えるかなという印象を受けたので,書いておこうと思いました。ドラマの方は,もう臨床心理士かどうかはあまり関係なくなっていますが(笑),最初の方に出てきた「陽性転移」についても書いておきたいと思います。まず,臨床心理士がクライエント(ドラマでは「患者」と言っていた気がします)と私的な関係をもたないという点についてです。ドラマの設定では,臨床心理士がいる職場の相談室に,藤原さくらさんの演じる女性が上司に吃音の相談に行かされるところから始まります。後で,女性に気がある友人関係の男性が臨床心理士に,女性が臨床心理士のクライエントではないことを確認して,私的関係もあり得ること理解しライバル視するという展開になります。このシーンで,臨床心理士がクライエントと私的関係をもたないという倫理上の問題を回避しているように見えますが,これはかなり微妙なところです。この臨床心理士は,女性の職場の相談室にいるようですが,女性はそこに何度か訪れて相談しています。この時点でクライエントになったと判断されるので,以後の私的関係は臨床心理士の方で説明して制限するのが,原則的な対応と言えますね。まあ,それを言ったらドラマは展開しないんですけど。(笑)
恋愛ドラマとしては,女性が臨床心理士に惹かれていく展開になって「陽性転移」という言葉が出てきます。クライエントとセラピストが異性の場合,クライエント側が恋愛感情を抱くことは比較的よくあることです。臨床心理士の方も,ミュージシャン時代の恋人をクライエントの歌声に重ねて何かと関わっていくようになり,「投影」しているのは明らかで,この女性を紹介した言語聴覚士の友人から,臨床心理士の方が陽性転移しているんじゃないかと揶揄されています。転移感情というのは,カウンセリング/心理療法のような個人対個人の関係性でプライバシーの深い相談をしていれば,起こってくる方が自然と言えるものです。そこに私的な関係も加わると,クライエント・セラピスト関係が複雑になって,上手くいかなくなることが多いので,倫理規定などで厳しく制限されています。恋愛感情などの「陽性転移」だけでなく,反対の「陰性転移」もあるので,そういう感情は面接室の中だけで扱い,どんな「投影」が起こっているのかをひもといて一緒に理解していくことで,カウンセリング/心理療法が良い方向に進むことも多くあります。ここに私的関係が加わると,普通の恋愛感情になりますので,この建設的な展開がかなり困難になるというわけです。
逆に,臨床心理士が転移感情を起こすことも結構あります。古典的な精神分析学などでは,セラピスト側の転移感情は良くないこととされましたが,人間である以上何らかの感情が起こるのは自然なことです。その後の発展の中では,転移感情にセラピストが繊細に気づきを向けて,それをクライエント・セラピスト関係で起こっていることとして理解し活用する方がいいという理論が主流になっていて,試験問題の正答もある時期から変わったようです。この意味では,ドラマの臨床心理士も,自分に起こっている転移感情に気づきを向けることで,亡くなった恋人を「投影」していることに気づいていくことが,想いを寄せるヒロインのためにも本人のためにも大切になると言えるでしょうね。なお,ドラマでは「陽性転移」の恋愛感情を「疑似恋愛」と表現していますが,私的関係が加わっている時点で区別するのは結構難しいです。通常の私的な人間関係でも,僕を含めて誰でも何か「投影」していますし,転移感情と言える気持ちが起こります。何かを「投影」していない恋愛感情があるのかというと,それは打算的なものだと言えるのかもしれません。そういう意味では,臨床心理士の立場で見るドラマ「ラヴソング」は,「陽性転移」と一般の恋愛感情に大きな違いがないことを示していて,クライエントと私的関係をもたないことの大切さが理解できるものと言うこともできますね。